2013年03月11日

<『春の夜』などの作品を収録> 芥川龍之介全集(6) [ 芥川龍之介 ](販売ショップ:楽天ブックス)



■目次
温泉だより/海のほとり/尼提/死後/湖南の扇/年末の一日/カルメン/三つのなぜ/春の夜/点鬼簿/悠々荘/彼/彼第二/玄鶴山房/蜃気楼/河童/誘惑/浅草公園/たね子の憂鬱/古千屋/冬/手紙/三つの窓/歯車/闇中問答/夢/或阿呆の一生


■青空文庫から『春の夜』を一部抜粋
 これは近頃Nさんと云う看護婦に聞いた話である。Nさんは中々利(き)かぬ気らしい。いつも乾いた唇(くちびる)のかげに鋭い犬歯(けんし)の見える人である。
 僕は当時僕の弟の転地先の宿屋の二階に大腸加答児(だいちょうかたる)を起して横になっていた。下痢(げり)は一週間たってもとまる気色(けしき)は無い。そこで元来は弟のためにそこに来ていたNさんに厄介(やっかい)をかけることになったのである。
 ある五月雨(さみだれ)のふり続いた午後、Nさんは雪平(ゆきひら)に粥(かゆ)を煮ながら、いかにも無造作(むぞうさ)にその話をした。

       ×          ×          ×

 ある年の春、Nさんはある看護婦会から牛込(うしごめ)の野田(のだ)と云う家(うち)へ行(ゆ)くことになった。野田と云う家には男主人はいない。切(き)り髪(がみ)にした女隠居(おんないんきょ)が一人、嫁入(よめい)り前(まえ)の娘が一人、そのまた娘の弟が一人、――あとは女中のいるばかりである。Nさんはこの家(うち)へ行った時、何か妙に気の滅入(めい)るのを感じた。それは一つには姉も弟も肺結核(はいけっかく)に罹(かか)っていたためであろう。けれどもまた一つには四畳半の離れの抱えこんだ、飛び石一つ打ってない庭に木賊(とくさ)ばかり茂っていたためである。実際その夥(おびただ)しい木賊はNさんの言葉に従えば、「胡麻竹(ごまだけ)を打った濡(ぬ)れ縁さえ突き上げるように」茂っていた。


■『春の夜』などの著作権が切れている作品は青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でも読むことができます。



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posted by 7876 at 15:11| 小説

2013年02月28日

<収録作品は『小説作法十則』などです> 芥川龍之介全集(7) [ 芥川龍之介 ](販売ショップ:楽天ブックス)



■目次
評論(短歌雑感/或悪傾向を排す/芸術その他/漢文漢詩の面白味/仏蘭西文学と僕/一批評家に答う/僻見/文部省の仮名遣改定案について/「私」小説論小見/「わたくし」小説に就いて/近松さんの本格小説/滝井君の作品に就いて/侏儒の言葉/文芸雑談/芝居漫談/今昔物語に就いて/文芸的な、余りに文芸的な/続文芸的な、余りに文芸的な/文壇小言/明治文芸に就いて/小説作法十則/10本の針/西方の人/続西方の人)/俳句論(発句発見/凡兆に就いて/芭蕉雑記/続芭蕉雑記)


■青空文庫から『小説作法十則』を一部抜粋
 一 小説はあらゆる文芸中、最も非芸術的なるものと心得べし。文芸中の文芸は詩あるのみ。即ち小説は小説中の詩により、文芸の中に列するに過ぎず。従つて歴史乃至伝記と実は少しも異る所なし。
 二 小説家は詩人たる以外に歴史家乃至伝記作者なり。従つて人生(一時代に於ける一国の)と相亘(あひわた)らざるべからず。紫式部より井原西鶴に至る日本の小説家の作品はこの事実を証明すべし。
 三 詩人は常に自己の衷心を何人かに向つて訴ふるものなり。(女人をくどく為に恋歌の生じたるを見よ。)既に小説家は詩人たる以上に歴史家乃至伝記作者なりとせん乎、伝記の一つなる自叙伝作者も小説家自身の中に存在すべし。従つて小説家は彼自身暗澹たる人生に対することも常人より屡々ならざるべからず。そは小説家自身の中の詩人は実行力乏しきを常とすればなり。若し小説家自身の中の詩人にして歴史家乃至伝記作者よりも力強からん乎、彼の一生は愈出でて愈悲惨なるを免れざるべし。ポオの如きはこの好例なり。(ナポレオン乃至レニンをして詩人たらしめば、不世出の小説家を生ずるは言を俟たず。)



■『小説作法十則』など著作権が切れている作品は青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でも読むことができます。
posted by 7876 at 19:29| 小説

2013年02月09日

<収録作品は『温泉だより』など>芥川龍之介全集(第12巻) [ 芥川龍之介 ](販売ショップ:楽天ブックス)




■目次
明日の道徳/「高麗の花」読後/偽者二題/装幀に就いての私の意見/プロレタリア文学論/「春の外套」の序/各種風骨帖の序/娼婦美と冒険/大導寺信輔の半生/早春/澄江堂雑記/俊寛/出来上った人/壮烈の犠牲/現代十作家の生活振り/一枚三十銭の稿料/馬の脚/学校友だち/正直に書くことの困難/田端人/文部省の仮名遣改定案について/日本小説の支那訳/望むこと二つ/越びと/THE MODERN SERIES OF ENGLISH LITERATURE序/春/念仁波念遠入札帖/澄江堂雑詠/芥川龍之介年譜/平田先生の翻訳/人及び芸術家としての薄田泣菫氏/伊東から/日本の女/雪/詩集/ピアノ/鏡花全集目録開口/鏡花全集の特色/鏡花全集に就いて/北京日記抄/雑信一束/澄江堂雑詠/温泉だより/わが俳諧修業/旅のおもひで/「わたくし」小説に就いて/結婚並びに恋愛難/「太虚集」読後/Gaity座の「サロメ」/好きな果物の話/ポーの片影/海のほとり/尼提/死後/藤沢清造君に答ふ/才一巧亦不二


■青空文庫から『温泉だより』を一部抜粋
 ……わたしはこの温泉宿(やど)にもう一月(ひとつき)ばかり滞在(たいざい)しています。が、肝腎(かんじん)の「風景」はまだ一枚も仕上(しあ)げません。まず湯にはいったり、講談本を読んだり、狭い町を散歩したり、――そんなことを繰り返して暮らしているのです。我ながらだらしのないのには呆(あき)れますが。(作者註。この間(あいだ)に桜の散っていること、鶺鴒(せきれい)の屋根へ来ること、射的(しやてき)に七円五十銭使ったこと、田舎芸者(いなかげいしゃ)のこと、安来節(やすきぶし)芝居に驚いたこと、蕨狩(わらびが)りに行ったこと、消防の演習を見たこと、蟇口(がまぐち)を落したことなどを記(しる)せる十数行(ぎょう)あり。)それから次手(ついで)に小説じみた事実談を一つ報告しましょう。もっともわたしは素人(しろうと)ですから、小説になるかどうかはわかりません。ただこの話を聞いた時にちょうど小説か何か読んだような心もちになったと言うだけのことです。どうかそのつもりで読んで下さい。
 何(なん)でも明治三十年代に萩野半之丞(はぎのはんのじょう)と言う大工(だいく)が一人、この町の山寄(やまよ)りに住んでいました。萩野半之丞と言う名前だけ聞けば、いかなる優男(やさおとこ)かと思うかも知れません。しかし身の丈(たけ)六尺五寸、体重三十七貫と言うのですから、太刀山(たちやま)にも負けない大男だったのです。いや、恐らくは太刀山も一籌(いっちゅう)を輸(ゆ)するくらいだったのでしょう。現に同じ宿(やど)の客の一人、――「な」の字さんと言う(これは国木田独歩(くにきだどっぽ)の使った国粋的(こくすいてき)省略法に従ったのです。)薬種問屋(やくしゅどいや)の若主人は子供心にも大砲(おおづつ)よりは大きいと思ったと言うことです。同時にまた顔は稲川(いながわ)にそっくりだと思ったと言うことです。


■『温泉だより』などの著作権が切れている作品は青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でも読むことができます。





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posted by 7876 at 17:20| 小説